西海岸の老舗で味わう開拓者精神
 
 

メキシコとの戦争の最中、1846年に米国がカリフォルニア州を自国領土と宣言したのと同時に地名が変わり誕生した街、サンフランシスコ。海と丘に囲まれた街並と穏やかな気候のため旅行先として人気があり、また米国で一番住みたい都市にしばしば選ばれる都市である。そのサンフランシスコで一番古いと言われるレストラン、「TADICH GRILL(タディッチ/タディッシュ・グリル)」は150年以上に渡り営業し、特にそのサワードウは地元の人々に愛されている。

サンフランシスコの金融街を通るCalifornia Streetを少し入ったところで「TADICH GRILL」の電気看板を見つけるにはそれ程苦労しない。米国の旅行ガイドブックには広く紹介されていることも理由のひとつであるのだろうか、昼間は観光客らしき客が比較的に多く、平日でも店の外に列ができることがある。狙いめは夕方、5時過ぎであろうか。周辺の金融機関で働いていると想像される人々でバーカウンターが埋まる前くらいが比較的入り易いようだ。大体6時頃には、オフィスから家への帰りに寄る人、仕事の途中に腹ごなしのために来る人など、様々な人々で店の中は一杯になる。

「ここの料理は地元の人にとってはとても大切な味なんだよ。俺も若い頃からずっとこの店で飯を食っている。特にこのサワードウ。元々は炭坑夫の間で広がったパンなんだよ。TADICHでは、今でも昔ながらの焼き方で焼いているみたいだけど、これより美味いサワードウはないね」。サンフランシスコでの仕事が夕方早い時間に終わり、夜のラスベガス行き飛行機の搭乗まで時間があったとき、初めてTADICH GRILLを訪れた。カウンター席に座って給仕に色々質問すると、隣のビジネスマンが教えてくれたのが、このサワードウに関することだ。

地元の常連らしきに混じってバーのスツールに腰をかけ、飲物を注文すると、まずはこのサワードウ(sourdough)が出て来た。あまり日本人には馴染みの無いこのパンは、乳酸菌が種の主人公になっているため、独特の酸味を持っている。またイーストを使わないため膨らみにくく、密度の高い重量感のある焼き上がりになるパンである。「サワードウはサンフランシスコの名物なんだが、サンフランシスコのサワードウは特に酸っぱいと言われているよ。そのサンフランシスコの中でも、ここのが一番美味しいよ」と前述のビジネスマンは続けてくれた。

ちなみに、ここサンフランシスコを地元とする、米NFLを代表するアメフトチーム「サンフランシスコ49ers」のオフィシャルチームマスコットの名前は「Sourdough SAM(サワードウ・サム)」。またサンフランシスコ屈指の観光地、フィッシャーマンズワーフに行くと、サワドウを実際につくっている工場や、サワドウを名物としたレストランがずらりとならぶ。サンフランシスコで「クラムチャウダー」を頼むと、大抵の場合、大きなサワドウをくりぬいたなかにチャウダーが入って出てくる。サワードウはサンフランシスコの人々に無くてはならない食べ物なのである。

さてそのサワードウ、感じ方は人それぞれだが、大方の日本人にとって最初に口にした際、それ程美味しいとは感じない人が多いのではないか。独特の酸味と固さは、日本人が持つパンに対する、「柔らかくてソフトな口触り」といった期待感を大きく裏切ってくれる。正直、最初からこれが美味しいと感じる人はそう多くはないと想像されるが、 ここ地元の人はメインディッシュが来る前にそればっかり食べている人も少なくない。客の一人に尋ねると、「これがサンフランシスコの味なんだよ」との答え。そしてある給仕が言った「TADICH GRILLは150年以上営業しています。その間に何回も場所を変えてきました。今いる、ここの場所に移ってきたのは50年くらい前でしょうか。でも、場所は変わってもサワドゥーの味は変わっていませんよ」。

TADICH GRILLが誕生したのは1849年。3人のクロアチアからの移民が開いた店がそのはじまりだ。当時の店名は「Coffee Stand」といった。その3人のクロアチア移民ーNikola Budrovich, Frano Kosta, Antonio Gasparichーは、当時「Long Wharf」と呼ばれた場所、現在でいうとFinancial Districtの「Commercial Street」に該当する場所、に店を構えた(注1)。

1849年と言えば、日本では嘉永2年、江戸幕府の第12代征夷大将軍徳川家慶が治世していた時代、江戸時代の終わり(1868年)の19年前である。ヨーロッパでは前年の1848年にナポレオン3世(ルイ・ナポレオン)がフランスの初代大統領になり、アジアでは翌1850年に太平天国の乱が清(中国)で発生した。

 


Photos by Urban Heritage Chronicle


TADICH GRILLの外観


TADICH GRILLで出てくるサワドウ


TADICH GRILL店内の様子。昼は観光客
夜は地元の人たちで一杯になる

 

 
 

その後1853年にサンフランシスコで「Reclamation(開拓)」プロジェクトが開始され、街が海の方向に拡大していくと、「Coffee Stand」はNew World Marketと呼ばれる場所にに強制的に移転させられることになった。それに伴い店名も「New World Coffee Stand」と変更した。ここは現在でいうとCommercial StreetsとLeidesdorff Streetsにかかって位置する場所である。そしてその後、BudrovichとKostaが彼らの持ち分の店の権利をMarko Millionvichに売却した(注2)。また店名も「「New World Coffee Saloon(以下:NWCS)」となった。

そして1871年、16歳の「John TADICH」少年がクロアチアのアドリア海に面した街から移民としてサンフランシスコに辿り着いた。彼が何故、クロアチアから米国に移民としてきたかに関しては非常に長くなるため、この場で説明するのはやめておこう。とにかく彼は1871年の7月22日に叔父の家に到着した。そして叔父のコーヒ&リキュールサロンで勤務し、1876年にNWCSにbarkeeperとして雇われた(注3)。

その後、NWCSは発展し場所を変えた。そしてJohn Tadtchは1880年にNWCSを辞め別の職を見つけ、そして2年後にまたNWCSに戻り、そして5年後に彼はこの店のオーナーとなっていた(注4)。その後、「The Cold Day Restaurant」と名前を変え、様々な紆余曲折の末、1912年8月26日にこのレストランは「TADICH GRILL - The Original Cold Day Restaurant」という名称で再出発した。

話がそれるが、アメリカで一番古いレストランは、一般的にはボストンにある「Union Oyster House」と言われている。このレストランは1826年の創業で、恐らくボストン最古である事は間違いないだろう。ところが、ニューヨークにある「Fraunces Tavern」は1769年に創業しているので、なぜ「Union Oyster House」が一番古いと信じられているかに関しては謎が残る。ちなみに、ロンドンで一番古いレストランは1798年に創業した「Rules」。そして、ギネス・ワールド・レコーズによると現存する最古のレストランは1725年に開業した、スペイン、マドリードの「Sobrino de Botín」とされている。但し、ここUrban Heritage Chronicleで取り上げているいくつかの料亭はこれより早く創業しているし、オーストリアのザルツブルクにある「Stiftskeller St.Peter」はカール大帝の時代、803年創業と言われていたりするので、「世界で一番古い」という枕詞はその定義にもよるのであろう。

さて、当時炭坑夫やゴールドラッシュの金鉱堀り達に好まれたサワードウ。そこで思い出すのが同じく彼らに愛されたリーバースのジーンズである。有名なリーバイスが、ここサンフランシスコで創業したのが1869年。ひょっとしたら当時、広まり始めたリーバイスのジーンズを履いた強者たちがTADICH GRILLでビール飲みながらサワードウを食べていた、といったこともあったかもしれない。

TADICH GRILLに関する著書があるJohn Briscoe氏によると、ここのサワードウは特別で、昔ながらの作り方を未だに踏襲している唯一のレストランだという。外はぱりっとして中は柔らかい、TADICH GRILLならではのパンだそうだ。「TADICHのサワードウに関して語るなら時間が必要です。ゆっくり時間をとってワインとサワードウを楽しみながら、話しましょう。日本人でも好きな方は多いですよ」と語ってくれた。(注5)

話は再びTADICH GRILLのカウンター。ある初冬の日の午後、隣に日本人ビジネスマンが座った。「朝にサンフランシスコに着いて、乗り継いで別の都市に行くのですが、ここTADICH GRILLに寄るため、乗り継ぎのフライトの時間を遅くしたのです。米国に仕事に来る際はいつもそうします。ここのサワドゥーも最初はそれほどでしたが、食べ慣れると癖になりますね」。19世紀の開拓者の常用食であったサワードウは、今も昔も開拓者魂を持った人たちによく似合う食べ物なのかもしれない。

(注1)〜(注5)
TADICH Restaurantの歴史に関しては、その多くを「Tadich Grill - The Story of Francisco's Oldest Restaurant - Written By John Briscoe」から、著者のJohn Briscoe氏の許可の元、参照している。

(2012年1月7日掲載)

 
     
 
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