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男の聖地、定食屋 この記事は2004年3月13日にデイリーヨミウリ紙に掲載された英文記事に翻訳・加筆したものを、同紙の許可のもと掲載しています。原文はこちらをご覧下さい。 |
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JR恵比寿駅東口から数分歩いた、とある場所。昼食時には、ネクタイを締めたサラリーマンや、ガタイの良い男たちで賑わう。昔ながらの煙草屋と畳店、雑貨屋に囲まれるその場所は、スタイリッシュな恵比寿のイメージとは、随分離れている。 昼食を屠る客は、ほぼ全員が中年男性。彼らは時間に追われているように、黙って食事を掻き込んでいる。「こづち」の看板を出すその定食屋は、周辺で働く男たちには名の知れた店である。お洒落な若者に人気の恵比寿ガーデンプレイスから、程遠くない雑居ビルの1階に店を構えている。 あるサラリーマンが、引き戸を開けて暖簾をくぐる。すかさず店員からの「今日は何?」という大きな声。サラリーマンは既に心に決めていたように、カウンター前の椅子に腰を下ろしながら「生姜焼定食」と答える。数分後、ご飯、味噌汁、生姜焼きとキャベツがその客の前に出される。客が食べ初めて暫く経つと、店員はカウンターに100円玉1枚と50円玉一枚を置いた。 定食を食べ終わるやいなや、男は1000円札を1枚カウンターに置き、コインを2枚つかんで、「ごつそうさま」と言いながら暖簾をくぐり、店を出た。彼が発したことばは、「生姜焼定食」と「ごちそうさま」の2言だけ。 「この定食屋は1950年位からやっているんだよ」と、こづちのベテラン定員である大石氏は話した。「昔はこの界隈にもたくさんの定食屋があったんだよ。でも、今は殆どないだろう?ここでは、典型的な日本の家庭で出される食事を忙しい労働者に出しているんだよ」 若者にとって恵比寿はランチ天国だ。1994年に恵比寿ガーデンプレイスがオープンしてからというもの、かつてはビール工場だったこの地区は、東京の流行最前線スポットの1つになった。今の恵比寿にはスタイリッシュなレストランや洒落たカフェが溢れ、流行に敏感な若者や外資系のエグゼクティブが、会話と食事を楽しんでいる。 しかしながら、高度成長期に活躍し、現在管理職として活躍する日本の中年のサラリーマンにとっては、そんな恵比寿はそれ程心地良い場所では無いかも知れない。「早メシ、早グゾ芸のうち」と仕込まれた彼らにとって、素早く昼食を取って仕事に戻るのは、恵比寿ではもうそれ程簡単ではない。多くのレストランは、平日最大の楽しみとしてランチタイムを気持ちよく過ごす、若いOL達をターゲットとしてしまっているからだ。
実際、こづちは、男性の昼食をサポートすることに誇りを持っている。 「正直に話そうか。最近女性も昼食時に来るようになったんだけど、実は余り歓迎じゃないんだよ。店に入り、メニューを決めるのに時間がかかり、ぺちゃくちゃ話しながら食べるだろ。食べ終わった後も友人と話している場合があるじゃないか。そういう方にはスパゲッティ屋にでも行って欲しいんだよね」と大石氏は少々困った顔で言う。すると、入ってきたばかりの男性が2回、大石氏の話に頷いた。そして彼は、480円の「今日の定食」を頼んだ。内容はご飯、味噌汁、揚げナス、キャベツの千切。 大石氏によると、こづちには1日200から300人の来客があるという。殆どの客は中年サラリーマンか肉体労働者だ。「おなかを空かせた人に腹いっぱい食べて欲しいんだよ。女性はウチの量は食べられないよ」 虎ノ門にある、もう一つの男の聖地 「本当のことを言うと、女性の客が入って来ても、そんなに嬉しくないんだよ」と語るのは、虎ノ門にある定食屋「美村」の店主である西村氏。「女性1人がメニューを決め、注文し、食べ終わる間に、2人の男が食べ終わっちゃうんだよ」 美村は、日本の政府機関や、多くの企業がオフィスを構える虎ノ門にある。この場所で美村は1966年以来ずっと、、サラリーマンや政府関係者に定食を提供し続けている。 |
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Photos by Wataru Doi
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「場所柄、80パーセントのお客さんが典型的な中年サラリーマンだね」と西村氏。こづちのように、殆どの客は1人で来店し、昼食を掻きこんだ後、最後に「ごちそうさま」と言う以外、言葉を発さずに出て行く。こづちとの違いは、美村では魚定食しか出していないことだ。 昼食時に、美村は900円で魚定食を出している。定職にはご飯、味噌汁、御新香、生卵、そして好きな魚一品が選択できる。魚は焼き魚(鯖、秋刀魚、鰊、赤目鯛)、煮魚(鯖、金目鯛、カレイ)から、好きな1品を選択できる。、 全ての定食屋が、忙しい男性をターゲットとしている訳ではない。新しくオープンした定食屋チェーンは、顧客層を広げるため、女性をターゲットにするところも多い。定食チェーン国内大手の大戸屋によると、以前はサラリーマンや学生がターゲットであったが、女性や家族客の来店も増えている、と語る。 こづちや美村のような独立系の定食屋にとって、チェーン展開する定食屋は脅威となっている。「土日は儲からないから、店を開けないんだよ。だから、大手チェーンと違って、ウチのような店は月間20日、つまり皆が会社に来る日で稼がなければならない。これは食堂業にとって結構キツいんだよ」と西村氏は語る。従って、より稼ぐために、少しでも多くの客を入れなければならない。 そのような理由もあって、女性客は歓迎されない傾向にある。ところが、何故か両店とも女性客が増えている。大石氏は、昔の日本の家庭にあった家族的な雰囲気が彼女達を惹きつけているのでは、と分析する。 ある40歳半ばと思われる女性は、男性の同僚に連れられてこづちに来店以来、この雰囲気が好きになり、今では頻繁に一人で訪れるようになった。勿論、店を入ってから出るまで、注文と「ごちそうさま」以外、一言も口を訊かない。毎回注文するのはほぼ同じ、「今日の定食」。大石氏も「このようなお客さんなら女性でも大歓迎だよ」と言う。 こづちや美村は、決してその店を聖地として、男性達のために守ろうとしている訳ではないのであろう。何も言わず飯を掻き込む、という基本事項さえ守っていれば、定食屋は男女にかかわらず、昔ながらの日本の家庭料理を楽しめる場所である (2004年3月13日掲載) |
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